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社会主義と文化

説明

1926年2月3日、レフ・トロツキーはモスクワの赤の広場クラブで「文化について」と題する講演を行った。彼はその後、この講演と他の講演をまとめ、以下の論文を執筆した。この論文は同年後半に『クラースナヤ・ノヴ』紙に初掲載された。

この興味深く深遠な論文の中で、トロツキーは技術の発展と人間文化の発展の関係を解説している。

そして、社会主義建設における文化の役割を考察し、孤立と後進性という条件の中で社会主義の基盤を築こうとしていたソ連の進むべき道を示している。

I. 技術と文化

まず想起すべきは、「文化」という語がかつては、未開の森林や処女地に対置される、鋤を入れ耕作された畑地を意味していた事実である。文化とは自然に対置されるものであり、即ち人間の努力によって達成された事柄を、自然から与えられたものと対比させる概念であった。この対置は、今日においても根本において効力を保持している。

文化とは、人類史全体を通じて人間によって創造され、建設され、摂取され、達成されてきた総てのものであり、人類そのものの自然史を含めた、自然から与えられたものに対置される総体である。人間を動物進化の産物として研究する科学は人類学と呼ばれる。しかし、人間が動物界から自己を分離したその瞬間から――これは、およそ人間が初めて石や棍棒といった原始的道具を手に取り、自らの身体器官をそれによって武装した瞬間に相当するが――その時から、文化の創造と蓄積が開始されたのであり、即ち、自然を「鎮める」為に自然と闘争する過程で獲得された、あらゆる種類の知識と技量の総体が始まったのである。

我々が過去の諸世代によって蓄積された文化について語る時、我々は意識的に、道具、機械、建物、記念碑等々の形態をとる、その物質的な獲得物を第一に基礎としている。これは文化であろうか。疑い無く、これは文化であり、或いは文化の物質的沈澱物、即ち物質的文化である。これは――自然という基礎の上に――我々の生活、日常的存在、創造活動の基本的な舞台装置を形成する。しかし文化の最も価値ある部分は、人間の意識そのものの内部に沈澱した部分から成る――即ち、工夫、慣習、技量、獲得された能力であって、これはそれ以前の全ての物質的文化から成長し、それを基礎としつつ、尚それを不断に再建していくものである。では、同志諸君、次の事実を確固として確認しておこう。即ち、文化は、人間が生存の為に、生活条件の改善の為に、自らの力の増大の為に自然と闘争する過程から成長するのである。しかしまさにこの基礎の上に、階級もまた成長する。自然への適応過程において、即ちその敵対的諸力との闘争において、人間社会は複雑な階級的組織へと発展する。社会の階級構造こそが、人間の歴史の内容と形態、即ちその物質的諸関係とそれらの観念的反映とを、最も決定的に規定するのである。この事を言う時、我々は同時に、歴史的文化は階級的性格を有する、と言っている事になる。

奴隷制社会、封建的な農奴社会及び資本主義社会は、それぞれに対応する文化を生み出した。各段階において文化は異なり、その間には無数の移行形態が存在する。歴史的社会とは、人間による人間の搾取の組織である。文化は社会の階級的組織に奉仕する。搾取的社会は搾取的文化を生み出す。では、これは我々が過去の全文化に反対する事を意味するのであろうか。

ここで我々は、まさに深い矛盾に行き当たる。人間の努力によって獲得され、創造され、築き上げられ、人間の力を高める事に奉仕するものは総て文化である。しかし、我々が問題としているのは個々の人間ではなく社会的な人間である以上、文化はその本質において社会的・歴史的現象である以上、歴史的社会が、過去も現在も階級社会である以上、文化は階級的抑圧の根本的道具として展開する。マルクスは「ある時代の支配的な観念は、その時代の支配階級の観念である」と述べた。この命題は文化全体にも適用される。所が我々は労働者階級に向かってこう言う。「諸君は過去の文化を総て習得しなければならない。さもなければ社会主義を建設する事は出来ない」と。これは如何に理解されるべきであろうか。

多くの人々がこの矛盾につまずき、そしてつまずくのは、彼らが階級社会という概念に対して表層的、半ば観念論的に接近し、根本においてそれが生産の組織である事実を忘却しているからである。あらゆる階級社会は、自然との闘争の為の一定の手段にもとづいて発展してきたのであり、その手段は技術の発展に応じて変化してきた。社会の階級的組織と生産力との何れがより根本的であろうか。疑い無く、生産力である。というのも、一定水準の生産力の発展の上にこそ階級が発生し、自らを改造していくからである。生産力の内部には、人間の物質化された経済的熟練、即ち自己の存在を確保する為の歴史的能力が表現されている。階級はこの動態的基礎の上に成長し、その相互関係が文化の性格を決定する。

従って、何よりもまず技術について、我々は自問しなければならない。「技術は単に階級的抑圧の道具に過ぎないのか」と。このように問うだけで、直ちに否と答える事が出来る。技術は人類の根本的征服物であり、これ迄確かに搾取の道具として奉仕してきたとはいえ、同時に被搾取者の解放の為の基本的前提でもある。機械は賃金奴隷を絞め殺す。しかし賃金奴隷は、機械によってのみ解放され得るのである。ここにこそ、全問題の根源が横たわる。

歴史的過程の推進力が、生産力の成長、即ち人間を自然の力から解放する過程にある事を忘れないなら、労働者は、人類がその歴史の全経過を通じて発展させてきた知識と技術の総体を自らのものとし、それによって連帯の原理にもとづいて生活を再建する事によってのみ、自らを高め得る事を理解するであろう。

「文化が技術を駆動するのか、それとも技術が文化を駆動するのか」と、ここにある質問票の一つは問うている。これは誤った問題設定である。技術は文化に対立し得ない。なぜなら技術は文化の原動力だからである。技術無くして文化は存在しない。技術の発展が文化を前進させる。しかし、技術を基礎として成立した科学及び一般教養は、技術の発展に強力な衝撃を与える。この両者の間には弁証法的相互作用が存在する。

同志諸君、もし技術それ自体に内在する矛盾の、簡単ではあるが表現力豊かな例を必要とするなら、鉄道以上の例を見出す事は出来まい。ヨーロッパの旅客列車を調べてみれば、諸君は「諸等級」の車両を見るであろう。この等級は、資本主義社会の階級を思い起こさせる。一等車は特権的エリートの為、二等車は中層資本家の為、三等車は小資本家の為、そして四等車は労働者の為であり、この階級はかつて「第四身分」と呼ばれた事も理由無きでは無い。鉄道というものは、それ自体としては、19世紀という僅か一世紀の間に地球の面貌を大いに変貌させた、人類の巨大な文化的・技術的征服物である。しかし社会の階級構造は、輸送手段の構造にすら影響を及ぼす。そして我々のソビエト鉄道は、平等からはいまだ遥かに隔たっている。それは昔の来の車両を使用しているからだけでは無く、新経済政策が平等を準備するに過ぎず、平等そのものを創造してはいないからである。

鉄道が出現する以前、文明は海岸線と大河の両岸に密集していた。鉄道は、全大陸を資本主義文化に接続した。ロシア農村の後進性と荒廃の根本的理由の一つ、もし唯一の理由とまで言わないにせよ、それは鉄道、幹線道路、連絡道路の欠如にある。この点で、我々の村落の大部分はいまだ前資本主義的条件の下にある。我々は、最大の味方であると同時に最大の敵でもあるもの――即ち距離――を克服しなければならない。社会主義経済は計画的な経済である。計画とは、何よりもまず交通連絡を前提とする。輸送手段は最も重要な交通連絡の形態である。新しい鉄道路線一本一本が文化への、そして我々の条件においては社会主義への道である。再び言うが、輸送技術と国民的繁栄の水準が高まるにつれて、鉄道の社会的性格も変化するであろう。鉄道に乗る際の一等車、二等車等の「等級」への分割は消滅し、全ての人々が快適な車両で旅行するであろう……その頃には、人々は最早車両で旅する事を好まず、誰もが利用出来るようになった旅客機で旅する事をより好むようになるかも知れないが。

別の例として、軍国主義の道具、破壊手段を取り上げてみよう。この領域では、社会の階級的性格がとりわけ鮮明かつ嫌悪すべき形で表現される。爆発物や毒性物質など、その発見それ自体が価値ある科学的・技術的達成である例外は存在しない。爆発物や毒物は、創造的な目的――破壊的な目的のみならず――にも用いられ得るのであり、これは発見や発明の新たな可能性を切り開く。

労働者は、古い階級支配の装置を粉砕する事によってのみ国家権力を奪取し得る。我々は、歴史上かつて無いほど決然とこの作業を遂行した。所が、新しい装置を建設する過程で、我々は昔の装置の諸要素を、ある程度、しかもかなり重大な程度まで使用せざるを得ない事を発見した。国家装置の更なる社会主義的再編は、政治的・経済的・文化的諸活動全体と切っても切れぬ関係にある。

我々は技術を粉砕する必要は無い。労働者は、資本家によって備え付けられた工場を、革命的打撃がそれを襲ったその形態のままに接収する。古い設備は今日この日まで我々に奉仕している。この事情ほど、我々がこの「遺産」を放棄していない事実を、より鮮明かつ直接的に示すものは無い。そもそもどうしてそれがあり得ようか。結局の所革命は、まさにこの「遺産」を接収する為にこそ遂行されたのだから。しかし、我々が接収したその形態のままでは、古い技術は社会主義にまるで適合しない。それは資本主義経済の無政府性が凝固したものである。企業相互の競争、利潤追求、部門間発展の不均衡、地方の後進性、小農的農業、人間的諸資源の浪費――これら総てが技術の内部に、鉄や銅の形で表現されている。だが、階級的抑圧の装置は革命的一撃によって粉砕し得るとしても、資本主義的無政府の生産装置は漸進的にしか再建し得ない。復興期の終了――即ち昔の設備に基づく復興の完了――は、我々をこの雄大な課題の敷居へと導くに過ぎない。我々は如何なる犠牲を払ってもこれを完遂しなければならない。

II. 精神的文化の遺産

精神的文化もまた、物質的文化と同様に矛盾に満ちている。そして、我々が物質的文化の兵器庫や倉庫から流通に戻すのが、弓矢や石器、青銅器時代の道具では無く、最新技術の最良の道具であるように、精神的文化に対してもまったく同様の態度を取らねばならない。

昔の社会の文化の主要要素は宗教であった。それは人間の認識と結合の最も重要な形態であったが、この形態において何よりも表現されていたのは、人間の自然に対する弱さと、社会の内部における無力さであった。我々は宗教とその全ての代用品を、根こそぎ一掃しつつある。

哲学に関する事情は異なる。階級社会が創造した哲学から、我々は二つのかけがえの無い要素――唯物論と弁証法――を摂取しなければならない。まさに唯物論と弁証法の有機的結合から、マルクスの方法が生まれ、その体系が形成された。この方法はレーニン主義の基礎に横たわっている。

もし我々が「哲学」の次に「真の意味での科学」に移るならば、ここにおいて我々は、人類がその長き生涯の中で蓄積してきた巨大な知識と技量の貯蔵庫と直面している事が、まったく明白となる。科学の目的が現実の認識にあるにもかかわらず、その内部に階級的偏向による多くの歪曲が存在する、と指摘する者も或いはいるだろう。全くその通りである。鉄道ですら、富裕者の特権的地位と貧者の窮乏の痕跡を示しているとすれば、その素材が鉄や木材よりも遥かに柔軟である科学において、尚さらの事である。しかし忘れてはならないのは、科学的創造は根本において、自然の諸力を支配する為に自然を理解しようとする必要によって養われている、という事である。階級的利害が自然科学の内部にも虚偽の傾向をもち込み、今尚もち込みつつあるとはいえ、この歪曲は、それが技術的進歩を直接に妨げ始める境界によって制限されている。自然科学を最下層から、即ち初歩的事実の蓄積の領域から、最高度に複雑な総合に至るまで辿ってみれば、科学研究がより経験的であればある程、即ち素材と事実により接近していればいる程、その結果はより疑う余地の無いものとなる。総合の範囲が拡大すればする程、自然科学は哲学の諸問題により接近し、階級的暗示の影響を受けやすくなる。

事情はいわゆる「人文諸科学」、即ち社会科学に関しては、より複雑であり、より悪い。ここでも、勿論根本においては、「あるがままを知ろうとする欲求」が働いてきた。ちなみに、この事実によってこそ、我々は古典的資本主義経済学の輝かしい学派を有する事になったのである。しかし、自然科学よりも遥かに直接的かつ命令的に感じ取られる階級的利害は、まもなく資本主義社会における経済学的思考の発展を行き詰まりへと追い込んだ。この領域において、我々共産主義者は他のいかなる領域にもまして、よりよく武装している。資本主義科学にもとづき、それを批判しつつ、労働者の階級闘争によって覚醒した社会主義理論家たちは、マルクスとエンゲルスの著作において、歴史的唯物論という強力な方法と、その比類無き適用例である『資本論』を創造したからである。無論これは、我々が経済学及び社会学全般の領域で資本主義的諸観念の影響から免疫を獲得した事を意味しない。否、昔の来の「知識の宝庫」から、最も通俗的な教授社会主義的及びフィリスティン的民粋主義的傾向が、我々の日常実践の隅々にまで侵入してくるのであり、その際彼らは過渡期の諸関係の曖昧さと矛盾性から自己の養分を求める。しかし、この領域でも、我々はレーニンの著作によって検証され、豊かにされたマルクス主義という代替不可能な基準を所有している。しかも、我々が今日の経験にだけ自らを限定せず、世界的経済発展全体をより広範に捉え、その基本的傾向を景気の変動から区別すればする程、我々の通俗的経済学者や社会学者に対する勝利は決定的なものとなる。

法、道徳及び一般にイデオロギー諸問題に関しては、資本主義科学の状態は、もしそれが尚可能であるなら、経済学の領域よりも一層悲惨である。これらの領域で真の知見の小さな真珠を見出そうとするならば、我々は数十の教授的糞堆を掻き分けなければならない。

弁証法と唯物論は、マルクス主義的世界認識の基本要素を成す。しかし、これは決して、これらを如何なる知識領域にも万能のマスター・キーとして適用し得る事を意味しない。弁証法は事実に押し付けられるのでは無く、事実それ自体、その本性と発展から引き出されねばならない。無限の素材に対する丹念な作業を通じてのみ、マルクスは価値=実現された労働という概念に基づいて、経済学の弁証法的体系を打ち立て得たのである。マルクスの歴史的著作、更には新聞論説ですら、同様の方法で構築されている。弁証法的唯物論を新たな知識領域へと適用する事は、その内部からそれらを把握する事を通じてのみ可能である。資本主義科学を浄化し得るのは、資本主義科学を習得する事によってのみである。ここでは、野卑な批判や裸の命令によって達成し得るものは何も無い。摂取と応用は、批判的再構成と同時進行するのである。我々は方法を所有しているが、世代にわたるべき仕事が尚残されている。

科学に対するマルクス主義的批判は、警戒的であるのみならず慎重でなければならない。さもなければ、それはあからさまな追従或いはファムーソフ主義へと堕落する危険がある。心理学を例にとろう。パヴロフの反射学は、全面的に弁証法的唯物論の線に沿っている。これは生理学と心理学との間に存在した壁を、永遠に破壊した。最も単純な反射は生理学的であり、反射の体系は我々に「意識」を与える。生理学的量の蓄積は、新たな「心理学的」質を生み出す。パヴロフ学派の方法は実験的であり、丹念である。一般化は一歩一歩、犬の唾液から詩に至るまで――即ちその心理的力学(ただしその社会的内容では無い)にまで――獲得されていく。勿論、詩へと至る道は、いまだ見通されていない。

ウィーンの精神分析家フロイトの学派は、問題に異なる接近を行う。これは、最も複雑で洗練された心理過程の駆動力が生理学的欲求である、とあらかじめ前提する。この一般的意味において、それは唯物論的である。彼が他の要素を犠牲にして性的要素を過度に強調しているか否かという問題はさておき、これは既に唯物論内部の論争に属する。しかし、精神分析家は、最も低次の現象からより高次の現象へ、即ち単純な反射から複雑な反射へと進む実験的接近を取らない。彼はこれら全ての中間段階を一跳びに飛び越え、宗教的神話、叙情詩、夢といった頂点から、まっすぐ心理の生理学的基礎へと降りようとする。

観念論者は、精神が自立しており、「魂」は底知れぬ井戸であると教える。パヴロフもフロイトも、生理学が「魂」の底であると考える。しかし、パヴロフは潜水夫のように井戸の底へと降り、そこから上へ向かって、丹念に井戸を調査する。他方フロイトは井戸の縁に立ち、鋭い凝視をもって、常に変化し濁った水を透かし見ながら、その底の輪郭を捉えようと、或いは推測しようと試みる。パヴロフの方法は実験であり、フロイトの方法は推測であり、時に幻想的ですらある。精神分析を「マルクス主義と両立しない」と宣言し、単純に背を向けるような試みは、余りにも単純、より正確に言えば単純主義的である。しかし、だからといって、我々がフロイト主義を採用しなければならないという義務は全く無い。これは作業仮説であり、唯物論的心理学の路線に沿う結論と推測を与え得るし、実際に与えている。時の経過と共に、実験的路線は検証へと至る。しかし、より信頼性に欠けるとはいえ、他の道――即ち実験的路線が遥かに遅れて到達するだろう結論を先取りしようと試みる路線――に禁止を加える根拠も権利も、我々には無いのである。

これらの例を通じて、私はせめて部分的に、我々の科学的遺産の多様性と、労働者がそれを習得し始める道の複雑性とを示そうとした。経済建設において、事柄が命令によって決せられる事は無く、我々は「取引の仕方を学ばねばならない」とするなら、科学においては、裸の命令は害と当惑以外の何物ももたらさない。ここでは、我々は「学び方を学ばねばならない」のである。

芸術は、人間が世界において自己の位置を見出す諸形態の一つである。この意味において、芸術の遺産は科学や技術の遺産と全く異なるものではなく、また同様に矛盾に満ちている。しかし科学と異なり、芸術は世界を法則体系としてではなく、イメージの集団として認識し、同時に、一定の感情や気分を鼓舞する手段として存在する。過去数世紀の芸術は、人間をより複雑かつ柔軟な存在とし、その精神をより高いレベルへと引き上げ、多くの様式においてその知性を豊かにした。この豊かさは文化のかけがえの無い征服である。昔の芸術の習得は、従って新たな芸術の創造の為だけでなく、新たな社会の建設の為の必須前提である。というのも、共産主義には高度に発達した精神をもつ人間が必要だからである。では昔の芸術は、世界に対する芸術的認識によって、尚我々を豊かにし得るであろうか。確かにそうである。そしてまさにそのが故に、昔の芸術は我々の感情を養い、それを陶冶し得るのである。もし我々が昔の芸術を無差別に放棄するなら、我々は直ちに精神的に貧しくなってしまうであろう。

今日、ここかしこで次のような傾向を観察する事が出来る。即ち、芸術の目的は一定の気分を鼓舞する事だけであり、決して現実認識では無い、とする見解である。そこから、「貴族や資本家の芸術によって、我々が感染させられ得る感情とは一体何か」という結論が導かれる。これは根本から誤っている。大衆にとってのみならず、むしろ大衆にとってこそ、芸術が認識手段としてもつ意義は、その「感性的」意義にもまして小さくは無い。英雄叙事詩だけでなく、おとぎ話、歌、諺、小唄なども、イメージによる認識を与え、過去を照らし出し、経験を一般化し、視野を広げる。そしてこの連関においてのみ、一定の感情を鼓舞し得るのである。この事は文学全体、即ち叙事詩のみならず抒情詩にも、絵画や彫刻にも妥当する。ある意味で唯一の例外は音楽である。その作用は強力だが、一面的である。勿論音楽もまた、自然の音やリズムに対する一定の認識に基礎を置いている。しかしここでの認識は極めて深く隠されており、自然からのインスピレーションの結果は、人間の神経を通じて強く屈折している。その為音楽は、自己完結的な「啓示」として作用する。総ての芸術形態を、感染の芸術たる音楽に接近させようとする試みは、これまでも頻繁に行われてきたが、それは常に、芸術における理性の役割を減殺し、無定形の感性を優位に置くものであった。この意味で、それは当時も現在も反動的である……勿論最悪なのは、イメージによる認識も芸術的「感染」も何ら与えないにもかかわらず、最もとんでもない主張を掲げるような「芸術」作品である。そのような作品を、我々はいささか少なくない数だけ刊行しており、しかもそれは、学習工房の学生ノートにではなく、何千部もの部数で世に出ているのである……

文化は社会的現象である。まさにこの事実故に、人々の間の交渉の道具たる言語は、その最も重要な手段である。言語そのものの文化は、総ての文化領域、特に科学と芸術の成長にとって最も重要な条件である。技術が昔の来の測定器に満足せず、より精密なミクロメーターやボルトメーター等を創造し、より大きな正確さを目指してこれを達成するように、言語の領域においても、適切な語を選び、適切な方法でこれを結合する能力において、我々は最大限の精確さ、明晰さ、鋭さを獲得する為の不断かつ系統的で丹念な作業を必要としている。この作業の基礎は、文盲、半文盲、低水準の識字との闘争でなければならない。この次の段階は、古典的ロシア文学の習得である。

そう、文化は階級的な抑圧の主要な道具であった。しかし文化のみが、そして文化だけが、社会主義的解放の道具となり得るのである。

III. 我々の文化的矛盾

都市と農村

我々の位置の特異性は、資本主義的西欧と植民地的・農民的東洋の十字路において、我々が最初に社会主義革命を遂行した事にある。プロレタリア独裁の体制は、巨大な後進性と野蛮の遺産を抱えた国において最初に確立された。その結果、シベリアの遊牧民とモスクワ或いはレニングラードのプロレタリアとの間には、歴史の全世紀が横たわっている。我々の社会形態は社会主義への過渡期に属する。ゆえに、それは資本主義的形態よりも計り知れず高い。同じ意味で、我々は自らを世界で最も先進的な国と見なす事が正当化される。しかし、物質的ないし他の如何なる文化の基礎である技術において、我々は先進資本主義諸国と比較して並外れて後進的である。ここにこそ、現在の現実の根本的矛盾がある。この矛盾から導かれる歴史的課題は、技術を社会形態の水準まで高める事にある。もし我々がこれを行えないなら、我々の社会構造は必然的にその技術的後進性の水準へと低落せざるを得ない。我々は技術的進歩の意義を完全に理解する為に、自らに対して率直にこう言わねばならない。即ち、もし我々がソビエト的社会構造を、必要な生産技術で補強する事に失敗するなら、我々は社会主義への移行の可能性を自ら閉ざし、資本主義へと後戻りする事になるであろう――しかもどのような資本主義か。農奴制半分、植民地半分の資本主義である。我々にとって技術を巡る闘争とは、文化の全未来と切っても切れぬ関係にある社会主義を巡る闘争そのものなのである。

ここに、我々の文化的矛盾を極めて表現力豊かに示す新鮮な例がある。数日前、レニングラードの公立図書館が蔵書数において世界第一の地位を占めたとの記事が新聞に掲載された。現在、同図書館は425万冊を所蔵している。我々の第一の感情は、正当なソビエト的な誇りである。「我々の図書館は世界第一だ!」という感情である。この達成を我々はいかにして得たのか。私的図書館を収用したからである。私有財産を国有化する事によって、我々は、誰もが利用出来る最も豊かな文化機関を創造した。この単純な事実は、ソビエト構造の巨大な優位性を疑い無く例証している。しかし同時に、我々の文化的後進性は、この国における文盲率が他の如何なるヨーロッパ諸国よりも高い事実に表現されている。我々の図書館は世界第一であるが、今の所書物を読むのは国民の少数に過ぎない。ほぼ何処でも事情は同様である。ドニエプルストロイやヴォルガ・ドン運河等の巨大ではあるが決して空想的では無い計画を伴う国有化された工業――しかし農民は今尚、脱穀棒や石で穀物を打ち叩いている。婚姻立法は社会主義的精神に貫かれているが、家庭生活において暴力が尚無視し得ない役割を演じている。これらその他の矛盾は、すべて東西の十字路にある我々の文化構造全体から流れ出している。

我々の後進性の基礎には、都市に対する農村の、工業に対する農業の怪物的支配がある。しかも農村は、最も後進的な道具と生産手段に支配されている。歴史上の農奴制という場合、我々は主として、地主やツァーリ官僚に対する農民の人格的束縛、即ち身分関係を念頭に置いている。しかし同志諸君、農奴制にはその下により深い基礎がある。それは、人間の土地への隷属、即ち労働過程における農民の土壌と、一般に自然諸力への完全な依存である。諸君はグレブ・ウスペンスキーを読んだ事があるか。私は、若い世代が彼を読んでいないのではないかと恐れている。我々は彼の著作を復刻すべきである。少なくともその最良の作品を――そして彼にはすぐれた作品がある――復刻すべきである。ウスペンスキーは民粋主義者であった。彼の政治的綱領は徹頭徹尾空想的であった。しかし、村落の年代記作者としてのウスペンスキーは、すぐれた芸術家であるだけでなく、卓越したリアリストでもあった。彼は、農民の生活の日常とその精神構造を、経済的基礎の上に成長し、それによって完全に規定される派生的現象として理解する事が出来た。また彼は、村落の経済的基礎を、労働過程における農民の土壌への隷属、そして一般に自然諸力への隷属として理解する事が出来た。諸君は、少なくとも彼の『土地の力』は必ず読むべきである。ウスペンスキーにおいては、芸術的直観がマルクス主義的方法を代行しており、その成果に照らせば多くの点でそれと競合し得る程である。まさにこのが故に、芸術家ウスペンスキーは、つねに民粋主義者ウスペンスキーと死闘を演じていたのである。今尚我々は、もし農民生活における農奴制の強力な残滓、とりわけ都市生活にもしばしば溢れ出す家族関係における残滓を理解したいのであれば、芸術家ウスペンスキーから学ばなければならない。現在、婚姻立法の諸問題をめぐって展開している討論の諸音調に耳を澄ませるだけで十分である。

世界の総ての地域において、資本主義は工業と農業、都市と農村の間の矛盾を極度に緊張させてきた。歴史的発展の遅れという事情から、我々の国においてこの矛盾は絶対的に怪物的性格を帯びている。どれほど奇妙に見えようとも、我々の工業は既にヨーロッパやアメリカの例に追いつこうと試みてきたが、その一方で我々の農村は17世紀、いや更に遠い過去の深みにまで後退し続けている。アメリカにおいてすら、資本主義は農業を工業の水準まで引き上げる事が明らかに出来ていない。この課題は全面的に社会主義へと移行する。我々の条件においては、都市に対する農村の巨大な優越の下で、農業の工業化は社会主義建設の最も重要な部分を成す。

我々が農業の工業化という場合、二つの過程を理解している。それらが結合してこそ、都市と農村の境界を最終的かつ決定的に消去し得る。では、この極めて重要な問題について、幾分立ち入って考察してみよう。

農業の工業化は、一方で、村落の家内経済から、工業原料や食糧原料の予備的加工に関わる多数の部門を分離する事から成る。というのも、工業は一般に村落から――手工業や原始的生産を通じて、家内経済の閉じた体系から各部門が分離し、専門化し、必要な訓練と技術を獲得し、やがて機械生産に至る、という道を通じて――生まれてきたからである。我々ソビエトの工業化も、多かれ少なかれこの道を辿らねばならない。即ち今日の村落経済の閉鎖体系から、バターやチーズ、澱粉やシロップ等の生産のような諸部門を切り離し、これを社会化し、工場のレールに乗せる道を通らねばならない。アメリカ合衆国の例は、この点で無制限の可能性が我々の前に横たわっている事を示している。

しかし問題は以上によって尽きる訳では無い。農業と工業の矛盾を克服する事は、耕作、畜産、園芸等の工業化を前提とする。これは、これら生産活動の諸部門も、科学的技術を基礎としなければならない事を意味する。即ち、適切な組合せの下での機械の広汎な使用、トラクター化と電化、施肥、正しい輪作、方法と結果の実験室的及び試験場的検証、労働力の最も合理的使用に基づく生産過程全体の正しい組織化等々である。勿論高度に組織化された耕作であっても、幾つかの点では機械製造業と異なるであろう。しかし、工業の内部においてすら、諸部門は互いに深く異なっている。今日、我々が農業を全体として工業に対置する事が正当化されるのは、農業が小規模かつ原始的手段によって行われており、生産者が自然条件に奴隷的に依存し、農民生産者の生活条件が極度に非文化的だからに他ならない。現在の村落経済の諸部門――例えばバターやチーズ、澱粉やシロップ等の生産――を社会化し、即ち工場のレールに乗せるだけでは十分では無い。我々は農業それ自体を社会化しなければならない。即ち、農業を現在の断片化された状態から引き剥がし、現在の惨めな土弄りを、科学的に組織された小麦とライ麦の「工場」、牛や羊の「加工場」等々へと置き換えなければならない。これが可能である事は、部分的には既に存在する資本主義的経験、特にデンマークの農業経験によって示されている。そこでは、鶏でさえ計画と標準化に従属させられており、定められたスケジュールに従って、膨大な量の、同じ大きさと色の卵を産む。

農業の工業化とは、今日の都市と農村の、ひいては労働者と農民の間の根本的矛盾の消滅を意味する。即ち、国民経済における役割、生活水準、文化水準において、両者が互いにこれ程までに接近し、その境界そのものが消滅する事を意味する。耕地の機械化が計画経済の不可欠の部分を成し、都市が農村の利点(広い空間と緑)を取り入れ、農村が都市の利点(舗装道路、電灯、上水道、下水道)を豊かにする社会、即ち都市と農村の矛盾そのものが消滅し、農民と労働者が統一された生産過程の同等の価値と同等の権利を有する参加者へと変貌する社会――そのような社会こそが、真の社会主義社会である。

この社会への道のりは長く険しい。強力な発電所は、この道のりにおける最も重要なマイルストーンである。これらは村落に光と変成力――土壌の力に対する電力の力――をもたらす。

ごく最近、我々はシャトゥーラ発電所を開所した。この発電所は、泥炭地上に建設された、我々の建設現場の中でも最良のものの一つである。モスクワからシャトゥーラまでは百キロメートル余りに過ぎない。両者は握手出来る程近いように思われる。しかし、条件の如何なる相違であろうか。モスクワは共産主義インターナショナルの首都である。だが、数十キロメートル進むと、そこには僻地、雪とモミの木、凍った沼地と野獣がある。黒い丸太小屋の集落が雪の下にうつらうつらと眠っている。時に、列車の窓から狼の足跡が見える。シャトゥーラ発電所が現在建っている場所には、数年前、建設が始まった当時、ヘラジカが見られた。今では、モスクワとシャトゥーラの間の距離は、11万5,000ボルトの電流を運ぶ金属製の鉄塔の洗練された構造によって覆われている。そしてこれらの鉄塔の下で、狐や狼が子を産み育てるであろう。我々の文化全体もまた、まさにこのような極端な矛盾から成る。即ち、一方においては技術と総合的思考の最高の達成があり、他方においては原始のタイガがある。

シャトゥーラは泥炭を牧草地のように食い尽くしている。実際、宗教の現代の観点からすれば幼児的な想像力が生み出した全ての奇跡や、詩の創造的幻想でさえ、この単純な事実の前には色褪せてしまう。即ち、僅かな空間しか占めない機械が、幾世紀もの沼地を呑み込み、これを目に見えないエネルギーへと変換し、そのエネルギーを、これらの機械を創造し設置した同じ工業に、細い電線を通じて送り返しているのである。

シャトゥーラは美しい。それは才能があり、かつ仕事に献身的な建設者達によって造られた。その美は人工的でも外から押し付けられたものでも無く、技術そのものの内的性格と要求から生じている。技術の最高にして唯一の基準は目的合致性である。そして目的合致性の試金石は、節約能力である。これは全体と部分、手段と目的との最大限の一致を前提とする。経済的・技術的基準は、審美的基準と完全に一致する。我々は言えるし、それは少しも逆説では無い。「シャトゥーラは美しい。なぜなら、同様の条件下で建設された他の発電所のキロワット時よりも、そこから得られるキロワット時の電力が安価だからである」と。

シャトゥーラは沼地の上に立っている。ソビエト連邦には発電所よりも遥かに多くの沼地がある。そして、機械的エネルギーに変換される時を待っている燃料の形態も、発電所より遥かに多く存在する。南方では、ドニエプル河が最も豊かな工業地域を流れているが、その強大な水流の力を何ら利用せず、数世紀にわたる急流で遊戯し、我々がその流れを堰で抑え込み、その電力で都市や工場、そして畑を照らし、動かし、豊かにするのを待っている。我々は必ずこれを行うであろう。

アメリカ合衆国では、住民一人当たり年間五百キロワット時の電力を受け取っているが、我々は僅か20キロワット時、即ち二十五分の一に過ぎない。我々には、機械動力がアメリカの一人当たりの五十分の一しか無い。ソビエト体制がアメリカの技術で装備されるなら、それは社会主義である。我々の社会制度は、アメリカの技術を全く異なった、比較にならぬ程合理的な目的の為に用いるであろう。しかしその時には、アメリカの技術が我々の社会構造を変革し、後進性、原始性、野蛮の遺産からこれを解放するであろう。ソビエト社会構造とアメリカの技術の結合は、新たな技術と新たな文化――特権者も被差別者も存在しない、皆の為の技術と文化――を生み出すであろう。

社会主義経済の「ベルトコンベア」原理

社会主義経済の原理は調和性、即ち内的調整に基づく連続性である。技術的には、この原理はベルトコンベアにおいて最高の表現を見出す。ベルトコンベアとは何か。それは、労働者の作業のリズムが要求するもの総てを彼のもとへ運び、或いは彼から取り去る、無限の動くベルトである。フォードが凡ゆる形のベルトコンベア結合を内部輸送――移送と供給の手段――として用いている事は、今や広く知られている。しかしベルトコンベアはそれ以上のものである。それは、生産過程そのものを調整する方法である。というのも、労働者は、自らの身振り手振りを無限ベルトの動きと調和させる事を余儀無くされるからである。資本主義は、労働者のより高度かつ徹底的な搾取の為にこの装置を使用する。しかしこのような使用法はベルトコンベアそれ自体ではなく資本主義に結び付いたものである。所で、労働方法の発展は、労働者の個人的作業量に対する出来高払いの方向に向かうのか、それともベルトコンベアの方向へ向かうのか。総てを見る限り、それはベルトコンベアの方向である。出来高払いは、労働者に対する個人的支配の他の如何なる形態と同様に、資本主義発展の初期に特徴的である。この方法は個々の労働者の生理学的作業量を完全に保証するが、諸労働者の共同作業の調整を保証しない。ベルトコンベアはこの両問題を自動的に解決する。社会主義的生産組織は、生産力の成長に対応して個々の労働者の生理学的負担を軽減しつつ、他方で諸労働者の努力の調整を維持する事を目指さねばならない。そしてまさにこれこそが、資本主義的ベルトコンベアと対比される社会主義的ベルトコンベアの意義である。より具体的に言えば、ここでの主要点は、一定量の労働時間に対応してベルトの運動速度を調整するか、或いは逆に、ベルトの一定速度に対応して労働時間を調整する事にある。

資本主義体制の下では、ベルトコンベアは一つの企業の枠内で、内部輸送の方法として実現されている。しかしベルトコンベア原理そのものは、遥かに広範な意味を有する。各企業は、原料、燃料、補助材料、そして補充労働力を外部から受け取る。最も巨大な企業であっても、その相互関係は市場の法則によって調整されており、ただしこれらの法則は、多くの場合長期協定等によって一定の制限を受けている。だが、個々の工場、そして尚さら社会全体は、原料が適時に供給され、倉庫で遊休しない事、或いは生産の停滞を生まない事を必要とし、即ち生産のリズムに完全に対応したベルトコンベア原理に従う事を必要としている。ここで必ずしも、ベルトコンベアを無限の動くベルトという形でのみ想像する必要は無い。その形態は限定無く多様たり得る。仮に鉄道が、交差輸送や季節的な荷物滞留、即ち資本主義的無政府の諸要素を伴わない計画にもとづいて働くならば――そして社会主義の下では鉄道はまさにそのように働くであろうが――それは、工場に対して原料や燃料、材料、人員を適時供給する強力なベルトコンベアである。同様の事は汽船、トラック等にも当てはまる。あらゆる交通連絡の形態は、計画経済全体の観点からすれば、生産内部体系の輸送要素へと変貌するであろう。石油パイプラインは、液体物質の一種のベルトコンベアである。石油パイプライン網が広がれば広がる程、貯蔵タンクはより少量で済み、死資本へと変わる石油の割合も小さくなる。

ベルトコンベア体系は企業の集中を必ずしも前提としない。むしろ近代技術は、企業の分散を可能とする。ただし無論、それは混沌や偶然による分散ではなく、各工場にとって最も適切な「立地」(Standort)を厳密に考慮した上での分散である。工業企業の広範な分散の可能性は、都市を農村の中へと溶解させ、農村を都市の中へと溶解させる為に不可欠であるが、その可能性は主として、動力たる電力によって保証されている。金属ケーブルは、最も洗練されたエネルギー・ベルトコンベアであり、動力を最小単位に分割し、ボタンを押すだけでこれを起動または停止させる事を可能にする。その性格こそが、エネルギー「ベルトコンベア」を私有財産の制限と最も激しく衝突させる。現在の発展段階において、電気は最も「社会主義的」な技術部門である。そして、それは技術の最先端部門であるが故に当然である。

適切な灌漑や排水の為の巨大な土地改良体系は、この観点から見れば農業の水的ベルトコンベアである。化学や機械製造、電化が土地耕作を自然諸要因の作用から解放し、最高度の計画性を保証すればする程、今日の「村落経済」は、石炭や鉱石の採掘に始まり耕耘と播種に終わる総ての生産を調整し調和させる社会主義的ベルトコンベアの体系の中へと、より完全に統合されていくであろう。

フォード老人は、自らのベルトコンベアにおける経験にもとづいて、一種の社会哲学を構築しようと試みている。この試みにおいて我々は、例外的に巨大な規模の生産及び管理経験と、富豪となりながら実際には金持ちの小市民に留まり続ける自己満足的フィリスティンの耐え難い狭量さとの、極めて興味深い混合を目にする。フォードは言う。「もし君が自分自身の富と同胞の幸福を望むなら、私と同じように行動せよ」と。カントは、各人が自らの行為が他人の規範となり得るよう振る舞うべきだと要求した。哲学的意味で、フォードはカント主義者である。しかしフォードの二十皆の労働者にとっての実際的「規範」は、フォードの行動では無く、ベルトコンベアの自動運動である。それが彼らの生活リズム、手足の動き、思考のリズムを決定する。「同胞の幸福」の為には、フォード主義をフォードから切り離し、社会化し、浄化しなければならない。そして社会主義はこれを行うであろう。

「しかし、ベルトコンベアによって人格性が奪われ、精神性が失われた単調な労働はどうするのか」と、聴衆から寄せられた質問票の一つは問い掛けている。この懸念は真剣なものでは無い。もし最後まで徹底して考え、論じてみれば、それは主として分業と機械一般に対する攻撃となるだろう。それは反動的な道である。社会主義は、機械に対する抵抗と、これ迄もこれからも何の関係も有しない。根本的で最も決定的かつ最も重要な課題は、欠乏の廃絶である。人間の労働が可能な限り多くの生産物を生み出さねばならない。パン、靴、衣服、新聞――必要とされるものは総て、誰もが欠乏を恐れない程の量で生産されねばならない。我々は欠乏を廃絶し、それと共に貪欲をも廃絶しなければならない。我々は、皆に為の富裕と余暇、そしてそれと共に、生の喜びを獲得しなければならない。高度の労働生産性は、機械化と自動化無しには達成し得ない。その完成された表現こそがベルトコンベアである。労働の単調さは、その短縮と軽減によって補償されるであろう。社会には常に、個人的創造性を要求する工業部門が存在するであろう。そこにこそ、自らの召命を生産の中に見出す者達が向かう事になる。無論我々が今語っているのは、現在の機械化の形態を覆し去るような、新たな化学的・エネルギー的技術革命が到来する迄に、最も重要な諸部門における最も基本的な生産形態についてである。だが、そのような未来を今から心配する必要は無い。手漕ぎボートによる航行は、大いなる個人的創造性を要求する。汽船による航行は「より単調」であるが、より快適で確実である。しかも諸君は、手漕ぎボートでは海を渡れない。我々は人類的欠乏という大洋を横断しなければならないのである。

誰もが知っているように、物質的需要は精神的需要より遥かに限定されている。物質的需要の過度の充足は急速に飽和をもたらす。精神的需要には境界が無い。しかし精神的需要が花開く為には、物質的需要の完全な充足が必要である。勿論我々は、失業、住居難、貧困が一掃される迄、即ち物質的需要が完全に満たされる迄、大衆の精神的水準を高める闘争を延期する事も、延期すべきでも無い。可能な限りの事は総て為されなければならない。しかし、真に新しい文化を創造し得ると考えるのは卑小で軽蔑すべき夢想である。即ち大衆の富裕、充足、余暇を確保する以前に新文化を創造し得ると考えるのは誤りである。我々は、労働者や農民の生活の日常に表現される進歩を通じてのみ、自己の前進を検証し得る。

文化革命

ここまで来れば、新たな文化の創造は、我々の経済的活動や社会的・文化的建設全体から切り離された独立の課題では無い事が、誰の目にも明らかとなろう。「商取引は『労働者の文化』の一部か」と問われれば、抽象的観点からは否と答えざるを得ないだろう。しかし抽象的観点は、ここでは何の役にも立たない。過渡期、しかも我々が現在位置している初期段階においては、生産物は商品という社会的形態を取るし、長くそうあり続けるであろう。だが商品は適切に扱われねばならない。即ちそれを売買出来なければならない。これが出来なければ、我々は初期段階から次の段階へと一歩も進めないであろう。レーニンは、「我々は取引を学ばねばならない」と述べ、欧州の文化的模範から学ぶ事を推奨した。取引の文化は、過渡期文化の最も重要な構成要素の一つである事が、今や我々にはよく理解されている。労働者国家と協同組合に結び付いた取引文化を「労働者の文化」と呼ぶか否かは、私には分からない。しかしそれが社会主義文化への一歩である事については、疑いの余地が無い。

レーニンが文化革命について語った時、彼はその基本的内容を、大衆の文化水準の引き上げに見ていた。メートル法は資本主義科学の産物である。しかし、これを一億の農民に教える事は、巨大な革命的かつ文化的課題を遂行する事を意味する。我々は恐らく、トラクターと電力無しにはこれを達成し得ないだろう。文化の基礎は技術である。文化革命の決定的な道具は、技術上の革命でなければならない。

我々は資本主義に対して、「生産力の発展は資本主義的国家と資本主義的所有の社会形態によって拘束されている」と言う。プロレタリア革命を遂行した後、我々はこう言う。「社会形態の発展は生産力、即ち技術の発展によって拘束されている」と。文化革命の鎖の中で、もしこれをつかめば文化革命全体を動かし得るような大きな輪は、文学や哲学では無く、工業化の輪である。これらの言葉が、哲学や詩に対する悪意や軽視を意味すると理解されてはならない。総合的思考と芸術無しには、人間生活は裸で貧しいものとなる。しかし実際、数百万の人々にとっては、生活はまさにそうしたものなのである。文化革命とは、彼らが真に文化に接近し得る可能性を開く事、そして文化の切れ端だけしか与えられぬ状況を終わらせる事を意味する。しかしこれは、最大級の物質的前提を創造する事無しには不可能である。だからこそ、現在の我々にとって、自動的に瓶を生産する機械は文化革命の第一級要因であり、英雄叙事詩は第十級要因に過ぎないのである。

マルクスはかつて、「哲学者たちは世界を様々に解釈してきた。しかし肝要なのはそれを変革する事である」と述べた。この言葉には、哲学に対する軽視は少しも含まれていない。マルクス自身、あらゆる時代を通じて最も強力な哲学者の一人であったからである。彼の言葉は、唯物論の更なる発展、ひいては物質的・精神的文化全体の更なる発展が、社会関係の革命を要求しているという事を意味するに過ぎない。従ってマルクスは、哲学からプロレタリア革命への移行を呼び掛けたのであり――それは哲学に反対してではなく、むしろ哲学の為であった。同じ意味で、我々は今こう言う事が出来る。「詩人たちが革命と労働者を歌うのは結構だ。しかし強力なタービンが歌う方が更に良い」と。我々には、さほど価値の高く無い歌が多く存在するが、それらは小さなサークルの財産に留まっている。他方タービンは非常に少ない。私が言いたいのは、凡庸な詩がタービンの出現を妨げているという事では無い。そのような主張は成り立たない。しかし、諸現象の真の相互関係――何が何に制約されているか――を理解するという意味での、世論の正しい方向付けは、絶対に必要である。我々は文化革命を、表層的観念論的でもなければ小サークル的精神でも無く、理解しなければならない。ここで問題となっているのは、偉大な国民、或いは諸民族の一家族全体の生活条件、労働方法、日常習慣を変革する事である。歴史上初めて農民に腰を伸ばさせるトラクターの強力な体系、何十万もの瓶を生産し、吹きガラス工の肺を解放するガラス吹き機械、何万何十万馬力のタービン、誰もが利用出来る飛行機――これら総てが合わさってのみ、文化革命を保証し得るのであり、それも少数者の為ではなく皆の為の文化革命を保証し得るのである。このような文化革命のみが、その名に値する。そしてこの基礎の上でのみ、新たな哲学と新たな芸術が花開き始めるであろう。

マルクスは言った。「ある時代の支配的観念は、その時代の支配階級の観念である」と。この命題は労働者にも妥当するが、その妥当の仕方は他の階級の場合とは全く異なる。権力を掌握した資本家は、それを永続させようとした。その全文化はこの目的に適応されていた。権力を掌握した労働者は、階級なき社会主義社会を引き寄せる事によって、自らの支配期間を可能な限り短縮するよう、必然的に努力せざるを得ないのである。

道徳の文化

「文化的に取引する」とは、他の事柄の中でも、欺かない事を意味する。即ち、「騙さなければ売れない」という我々の民族的な取引の伝統と決別する事を意味する。嘘と欺瞞は単なる個人的欠陥ではなく、社会秩序の機能である。嘘は闘争の手段であり、それ故に利害の矛盾から流れ出る。最も根本的な矛盾は階級関係から流れ出る。勿論、「欺瞞は階級社会よりも古い」と言う事も出来るだろう。動物でさえ、生存闘争において「狡猾さ」と欺瞞を示す。欺瞞――軍事的狡猾さ――は、原始部族の生活においても尚少なからぬ役割を演じた。そのような欺瞞は、尚多かれ少なかれ動物的生存闘争から直接流れ出ていた。しかし「文明的」即ち階級社会が到来した瞬間から、嘘は恐ろしく複雑化し、社会的機能へと変貌し、階級線に沿って分裂し、人間「文化」の一部となった。しかしこれは、社会主義が受け入れない文化の一部である。社会主義或いは共産主義社会――即ち社会主義社会の最高発展形態――における諸関係は、徹底的に透明であり、欺瞞、虚偽、偽造、捏造、裏切り、背信の如き補助手段を必要としないであろう。

しかし我々は、この段階から尚遥かに遠い。我々の諸関係と道徳には、農奴制と資本主義秩序の双方に根を持つ多くの嘘が尚存在する。農奴制イデオロギーの最高表現は宗教である。封建君主社会の諸関係は盲目的伝統にもとづき、宗教的神話の水準へと高められていた。神話とは自然現象及び社会制度の相互連関に対する想像的かつ虚偽の解釈である。しかし欺かれた者、即ち被抑圧大衆だけでなく、その名において欺瞞が遂行された者、即ち支配者もまた、多くの場合神話を信じ、それに善意を以て依拠した。迷信から織り上げられた客観的に虚偽のイデオロギーは、必ずしも主観的な虚偽を意味しない。社会関係が複雑化すればする程、即ち宗教的神話とますます矛盾する資本主義社会秩序が発展すればする程、宗教はますます多くの狡猾さと巧妙な欺瞞の源泉となる。

発展した資本主義・イデオロギーは合理主義的であり、神話に対立する。急進的資本家は、宗教抜きで済まそうとし、伝統ではなく理性に基づく国家を建設しようと試みた。その表現が、自由・平等・博愛の原理を掲げた民主主義であった。しかし資本主義経済は、現実世界の日常と民主主義的原理との間に怪物的矛盾を創出した。この矛盾を埋め合わせる為には、より高次の嘘が必要とされる。ここでは最早、客観的に「嘘」である神話ではなく、様々に組み合わされた、極めて複雑な手段による、大衆の意識的・組織的欺瞞が問題となる。嘘の技術は、電気技術に劣らず洗練されている。最も「発達した」民主主義国であるフランスとアメリカ合衆国は、最も虚偽に満ちた新聞を所有している。

しかし同時に――そして我々は率直にこれを認めねばならない――フランスでは、我々よりも正直に取引が行われており、少なくとも比較にならぬ程、買い手に対する配慮が払われている。ある程度の豊かさに達した資本家は、初期蓄積の詐欺的手法を、抽象的道徳的考慮からではなく、物質的理由から放棄する。即ち、小さな欺瞞、偽造、ケチな貪欲は、企業の評判を損ない、その将来を損なうからである。「正直な」取引の諸原理は、取引それ自体の一定発展水準における利害から流れ出るものであり、道徳へと入り込み、「道徳的」規則となり、世論によって制御される。無論この領域でも、帝国主義戦争は欧州を遥か昔へと投げ返した。しかし戦後の資本主義的「安定化」の努力は、取引における最も悪質な野蛮形態を克服した。何れにせよ、工場から遠い村落の消費者に至るまで、我々のソビエト的取引全体をとってみれば、我々が先進資本主義諸国に比べて計り知れぬ程、非文化的に取引していると言わねばならない。これは我々の貧困、商品不足、経済的及び文化的後進性から流れ出る。

プロレタリア独裁の体制は、中世の客観的に虚偽な神話と、資本主義的民主主義の意識的虚偽性の双方に対して、和解し得ぬ敵対関係にある。革命体制は、社会関係を覆い隠すのではなく、これを露わにする事に生命線的利害を有する。これは、政治的誠実さ、即ち「あるがままを語る」事への利害である。しかしながら、革命的独裁体制が過渡的体制であり、それ故に矛盾に満ちている事を忘れてはならない。強力な敵の存在は、我々に軍事的狡猾さを使用する事を強いるのであり、狡猾さは虚偽と切り離し難い。我々が必要とするのは、敵に対して用いられる狡猾さが、我々自身の国民、即ち労働大衆とその党を誤導しない事である。これはレーニンの全活動に貫かれている、革命的政治の基本的要求である。

しかし、新しい国家と社会形態が、支配者と被支配者の間にこれまでに無い程度の誠実さを創出する可能性と必要性を生み出しているのに対し、日常生活の諸関係については同じ事が言えない。ここでは、経済的及び文化的後進性――一般に過去からの総ての遺産――が尚莫大な圧力を行使している。我々は1920年よりも遥かに良く暮らしている。しかし生活上最も必要な財貨の不足は、尚我々の生活と道徳に刻印を押し続けており、今後も何年にもわたってそうであろう。ここから大きな小さな矛盾、大きな小さな不均衡、矛盾に結び付いた闘争、そして闘争に結び付いた狡猾さ、嘘、欺瞞が流れ出る。ここから逃れる唯一の道は、生産と取引の双方における技術水準を引き上げる事である。この方向への正しい指向は、それ自体として我々の「道徳」の改善に寄与すべきである。技術と道徳の相互作用は、我々を「文明化された協同者」の社会構造、即ち社会主義文化へと前進させるであろう。

[1]ファムーソフは、グリボエードフの戯曲『知恵の悲しみ』(一八二四年)の主要人物である。彼は高位のモスクワ官僚・出世主義者であり、上司にはひたすら卑屈で、部下には横柄である。頑迷な保守主義者として、彼は何よりも革新と「自由な思想」を恐れている。レーニンは興味深い一節でこの人物を引用している。「我々の党のファムーソフたちは、マルクス主義の為の鋭く容赦の無い闘士の役割を演じる事には反対しないが、派閥的情実の場面では、マルクス主義からの最も重大な後退をも覆い隠す事に反対してはいない!」(V・I・レーニン「編集部より」全集第十七巻一八五頁)[アシューキン&アシューキナ『翼ある言葉』モスクワ、一九八六年、六五七頁]

[2]勿論、似非フロイト主義を官能的放縦やおふざけとして育てる事は、ここでの問題と何の共通点も持たない。そのような舌の運動は科学とは無縁であり、単に退廃的気分を表現するだけである。そこでは重心が脳から脊髄へと移ってしまっている……L・T